脳の癖、なぜ私はできないのか。

 

人間の脳には個体により様々な癖があると言います。

そしてその”癖”こそが人間を人間足らしめる個性の元だと私は思っています。

 

脳には妙なクセがある

 

しかしそんな個性も集まれば1つや2つや3つくらい、或いはそれ以上に歓迎できない癖というのもあります。

 

それは自分から見て嫌なところだったり、他人様が見て嫌なところだったりと形は様々ですが、余程の自信家でもなければ何か思い当るところがあると思います。

むしろ自信家というのも脳の癖が引き起こす性質ですし 、思い当たる節がない人はそういう脳の癖なのではないでしょうか。

 

つまり脳の癖とは誰しもが等しく持っており、そしてそれを完全に消し去ることはないのです。

 

どんなに嫌な癖も消すことが出来ないのであればどうすればいいのでしょうか。

歓迎出来ない性質は、脳の癖を把握することでうまく付き合っていく方法があるのかもしれない。そう考えました。

 

ここで私の昨日一日の生活を振り返ってみたいと思います。

昨日は一日休みでした。

【朝】

目が覚めると尿意を催したのでトイレの為に起きました。
トイレを済ませるとお腹がすいていることに気付き、丁度北海道土産のじゃがバターがあることを思い出し食べます。じゃがバターだけでは物足りなさを感じ、食パンを焼き、インスタントのコーンスープも淹れました。

お腹も満たされたところで部屋でお昼過ぎまでネットサーフィンを楽しみます。

前から興味を持っていた自作パソコンについて調べ、もし自分が組む場合の構成を妄想しつつ、価格コムなどでパーツを調べます。
Evernoteに構成表を作り、現時点で確定したパーツのメモを取っていきます。パーツを調べているとパソコンデスクの写真のまとめサイトを発見し、マルチモニタのまるでコックピットのような格好よさにときめきます。

 

視野が広がりまくるマルチディスプレイ環境のデスク写真23枚 – DNA

 

【昼】

とうにお昼は過ぎていましたが、面倒だったので昼食は飛ばしました。

パソコンのパーツを調べていたはずがいつしかマルチモニタの多画面対応のスタンド探しになり、果てはパソコンデスクから部屋の模様替えまでプランが出来てしまいました。
部屋の模様替えについて調べていると新しい家に住みたくなり、賃貸サイトで様々な物件の間取りを見つつ「この家に住むなら」という妄想をします。

途中仕事の連絡があり、小一時間ほど明後日に必要な仕事の準備に取り掛かります。
が、途中で休憩を取り、何気なく手元にあった漫画を読み始めると止まらなくなってしまいました。

 

【夜】

お昼を抜いたので早めにお腹がすいたので、19時ごろには夕飯を済ませました。

食べるとすぐ途中だった漫画の続きを読み始めました。
気づくと12時を回っており、そこに来てようやく休みのうちにしておきたかった事を「沢山」思い出しました。

……が、漫画が良いところだったので中断するタイミングを掴めず、気づくと漫画を読みながら眠ってしまいました。

 

【今】

そして目が覚め、昨日したかった事の一つであるブログ更新作業をせっせとしているのです。

 

 

 

■本能に忠実過ぎる

書いていて恥ずかしいくらい、昨日の私の生活はだらけているのが分かります。実に本能的です。
思考にも一貫性がなく、常に流動的に興味関心が移っていくのが分かります。

そして残念ながら昨日が特別なわけではなく、私という人間は常にこのような行動パターンを踏んでいるのです。

一日が尿意で始まり、睡魔で終わる。
空腹を感じると食事を摂り、やりたいことを最優先させる。

 

私の行動ヒエラルキーは常に

やりたいこと>>>>>生理現象>しなければいけない事>>>した方が良いこと

という順番をキープしており、やりたいことに夢中の間は生理現象、睡眠や食事はもちろん、尿意まで無視してしまう節があります。

 

本来ならこのブログも毎日更新したいし、食事記録も毎日ちゃんと取りたい。

だけど、「なぜか」私にはそれができません。

「なぜか」やろうと思っていたことを忘れてしまうんです。

 

お使いを頼まれたカツオくんが中島君に野球に誘われてお使いするのを忘れてしまうのと同レベルです。

あちらは小学生、こちらは成人…

 

成長しないというのは非常に問題です。

 

 

■ギリギリのラインは常に自分の中にある

しかし、私が本当に上記のヒエラルキーにのっとって生きているとしたら、とっくに生活は破たんしているでしょう。
学校を卒業することすら出来ないはずです。

しかし私は学校を卒業し、毎日それなりの拘束時間の中で仕事をしてきました。

やりたいことも時には我慢して、仕事の為にプライベートの時間を削ることもしました。
ネットで話題の「社畜」という言葉がぴったりの職場で泣きながら働いたこともあります。

先述の私が本来の私で、本当にそう行動してしまうなら上記のような行動はとれないはずです。

 

ではなぜ私は学校を卒業したり、働いて給料を得ることが出来たのか。

 

答えは簡単ですね。
自分の中で無意識に線引きをしているんです。

 

中学までは皆勤賞だったのに高校に入ると遅刻をするようになる人がいます。同じく高校までは皆勤賞だったのに大学すら遅刻するよううになる人もいます。

 

なぜでしょうか。

 

時間通りに行く能力があるはずなのに、ある日突然その能力を失うなんてことがありえるのか。
足がなくなったから歩けなくなった訳ではないんです。

「高校生になったから朝起きられなくなくった」

全く意味が分かりませんね。理論的じゃありません。

 

しかし、これなら納得できます。

「夜更かしするようになって睡眠時間が減ったから朝起きられなくなった」

 

ですが、これも遅刻をするようになった本当の理由ではありません。
理論は通っているだけに一瞬頷いてしまいがちですが、 原因が分かっていながら改善できないのは他にもっと大きな原因があるからです。

 

ではこの回答はどうでしょう。

「出席日数を計算したら●日までは遅刻しても進級できるから遅刻してもいいと思った」

 

この答を面と向かって言う人はあまりいません。
私は本当に起きられないの!!と言う人もいると思います。

 

別に上の回答に限らなくても、遅刻してしまう人には「それ(遅刻)をしてしまう自分を正統化する理由」を持っていることが殆どです。

 

「遅刻しても ○○だから大丈夫」

 

学生「遅刻しても 留年しないから大丈夫」

学生「遅刻しても1限目はHRだから大丈夫」

社会人「遅刻しても 今日は自分より偉い人はいないから大丈夫」

友達「遅刻してもいつも許してくれるから大丈夫」

幾らでも文は作れます。

 

「なぜか出来ない」

そういう人はこのような考えを無意識にしているんです。

ギリギリで大丈夫なラインと超えてはいけないラインを線引きして歩いているわけです。

学生時代遅刻ばかりしていたのに社会に出るとぴたっと遅刻しなくなる人は、それまで潜在意識の中にあった遅刻することに対する「正統性」を、環境が変わったことで失ったことで遅刻しなくなります。
逆に遅刻してもいい正統性を見つけてしまうと、再び遅刻魔の烙印を押される危険性があるので注意が必要です。

 

思い当たる節がある人は気を付けてください。

特に、「目覚ましが勝手に止まった(鳴らなかった)」

と寝坊した理由をのたまう人は注意が必要です。

 

……はい、私のことです。

 

 

 

■「なぜか」に当てはまる共通の言葉

前項ではかなり偏った例ばかり挙げてしまいましたが、脳の癖というものは人それぞれです。

わたしは「なぜか」やろうと思っていた事を忘れてしまいます。

ブログの更新も1日1度はしようと頭をよぎるのに、「なぜか」更新は飛び飛びです。

食事のログも「なぜか」取るのを忘れてしまいます。

 

しかし毎朝会社に出社する事は忘れません。

 

その線引きはどこか考えました。

 

【忘れること】

  • ブログの更新
  • 即効性のない仕事(後で○○やっておいて)
  • 生理現象
  • 整理整頓

 

【忘れない事】

  • 遊びの約束
  • 会社の出社日
  • 即効性のある仕事
  • 商品の発送
  • 鍵を閉めること

 

忘れることについては現在も忘れ続けているようで絞り出すのに苦労しました。

忘れないことが少なすぎて苦労しました。

 

それぞれ共通点があり、私の場合は顕著にそれが出ていて、簡単に分けることが出来ました。

 

忘れてしまうことの共通点は【やらなくても怒られない事】

忘れないことの共通点は【やらないと怒らてしまう事】

 

ちょっと人としてどうなの?って感じの分け方ですが…。

やはり人間ですから怒られるのは嫌です。ストレスです。
仕事に行かないと上司に怒られます。
商品を発送しないと顧客に怒られます。
遊びの約作を忘れると友達に怒られます。
鍵を閉め忘れると同居人に叱られます。

 

逆にブログの更新は誰に催促されるわけでもないので、書きたいことがなければ頑張って書こうとはなかなか思いません。
トイレに行かなくたって誰にも何も言われませんし、自分の部屋がどれだけ散らかろうと見せる訳ではないので何も言われません。

 

自分がそういう人間であることは漠然と自覚していましたが、今まで文章にはしたことがないので若干ショックを受けています。

これはちょっと…直さないとやばいな…

 

私という人間の脳の癖を分析すると

打たれ弱く、批判されることに恐怖心を抱くものの、基本人に対して興味がなく、表面ばかり取り繕い、思いやりにかけ、目先の快楽に弱い人間。

ということが分かります。

だんだん書くのが辛くなってきました…なぜ私はこんなに自分を苦しめているんでしょう。Mなのかな…

 

私は記事内で出来ない理由を説明するときに「なぜか」という言葉を多用しました。

>わたしは「なぜか」やろうと思っていた事を忘れてしまいます。

>ブログの更新も1日1度はしようと頭をよぎるのに、「なぜか」更新は飛び飛びです。

>食事のログも「なぜか」取るのを忘れてしまいます。

この「なぜか」に当てはまる言葉を分析結果から考えました。
私のなぜかに当てはまる言葉は多分「やらなくても誰にも怒られないから」ではないかと。

>わたしは「やらなくても誰にも怒られないから」やろうと思っていた事を忘れてしまいます。

>ブログの更新も1日1度はしようと頭をよぎるのに、「やらなくても誰にも怒られないから」更新は飛び飛びです。

>食事のログも「やらなくても誰にも怒られないから」取るのを忘れてしまいます。

この「なぜか」を使った文章を書いた時は「やらなくても誰にも怒られないから」という結論は私の中にありませんでした。

しかしいざ分析の中から「なぜか」の中身を取り出すとこんなにもしっくり、自分でも認めたくはないくらい納得する形になってしまいました。

 

「なぜか」は本当に分からない時以外も使っているんですね。

 

 

 

■どうにかしたいと思うなら「なぜか」は使わないこと

 

 

「なぜか」という言葉には脳の癖を見つけるヒントが沢山入っています。

 

成長段階ではよく”壁にぶつかる”と言いますね。
壁とはつまりここでいう「なぜか」です。

 

「なぜか」を使うことなく現状を言葉にすることが出来れば、おのずと解決策も見つかるでしょう。

万が一解決方法のないどうしようもないものだとしても、癖を知ることでうまく付き合っていく方法が見つかるかもしれません。

 

 

現状をどうにかしたいと思っている方は一度、自分の「なぜか」と向き合ってみてはどうでしょうか。

 

 

え、私の「なぜか」の解決策?

簡単です。

 

 

 

誰か叱ってください…

 

 

 

 

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